簡易オクタン価計測器の調査

ウェブメディアなどで今年6月頃、オクタン価が低いガソリンを販売しているスタンドがある!などとする記事が出回り、多くのドライバーを疑心暗鬼におとしれいました。

その確認に用いられた簡易計測器“SHATOX SX-150”は70万円近くするためおいそれとは購入できませんが、ロシア圏でつくられるっぽい$200程度の“OCTIS-2”をeBayで入手したので仕組みを調べました。

結論から言えばSX-150とOCTIS-2は同じ測定原理で、どちらも正しいオクタン価を測ることはできません。

オクタン価とは

ウィキペディア“オクタン価”に書かれた、今回重要な点は以下の通り。

  • オクタン価はノッキングの起こりにくさを示す
  • イソオクタンをオクタン価100とする
  • 実際のオクタン価は特殊な試験エンジンにより測定する
  • 日本のハイオクガソリンのオクタン価は96以上

写真は丸和物産株式会社の測定エンジンですが、21世紀になってもまだ実際にノッキングさせねばオクタン価を測ることができないということです。

OCTIS-2について

使い方

次の3通りの方法でオクタン価が計れます。

  • 給油ノズルに連結し給油中に測定
  • 付属キャップをつけて計測物を入れ測定
  • 計測物が入った容器に浸し測定

通常はオクタン価1単位表示ですが、電源ボタン横の穴を棒でつっつくと詳細モードに切りかわり、内部値(絶対値・温度補正値)、温度、1/10単位のオクタン価(100以上は1単位)と順に出るようになります。センサー汚れを防止するため使用後には振って燃料を飛ばせとのこと。

値はロシアのオクタン価体系“RUS”と北米などの“USA”が選択可能。RUSが一般的なRON(リサーチ法)、USAがAKI(RONと、それより厳しいモーター法MONの平均)でしょうが、このAKIはRONから単に5ぐらいの定数を引いただけのものだと思います。

メーカーが想定する使い方は、給油の際にこの装置を用いて粗悪燃料でないことを確かめ、もしそうなら次のスタンドに行くというもの。お国柄切実な問題なことがうかがえますね。

計測の仕組み

“メーターの動作原理は、炭化水素組成によるガソリンの誘電率の依存性に基づいており、調査方法(RON)によって測定されたオクタン価に直接影響する”(DeepLによる訳。以下全て)とのこと。誘電率は高い周波数の電気を通したときの抵抗値から求められます。

“このメーターは、ガソリン スタンドでのガソリン品質に関する紛争を解決する際の測定器として使用することを目的としたものではありません”と注意書きがあることから、メーカーは精度を全く保証していません。

構造

給油ノズルを差し込む部分はスペーサーをはさむようにシールが入っています。後に動画を掲載していますがセルフスタンドの自動給油停止機能が反応するので、日本のノズルだとこの仕組みではうまく注げないようです。

接着され外せませんが、奥上にマイコン、下に表面実装のIC、あと少パーツというように見えます。マイコンが計算と表示、ICがセンサーのアナログ・デジタル変換(ADC)でしょう。

先端のセンサー部は銅箔基板が3枚入っており、ガソリンはここの間を通る(満たす)ことになります。その奥に見える黒いものはたぶん温度センサー。

センサーの反対側には電線が4本通っています。グラウンド共通で、他にオクタン価センサー1本、温度センサー2本でしょう。

両面テープで貼られたプレートを外すと、防油のためゴム部品が使われた電源と詳細モードボタンの他に、校正用のボタンが出てきます。ただしこれの使い方は不明。

OCTIS-“2”の作りから、“1”はきっと中にガソリンが入りよく壊れてたんだろうなと想像されます。安価にうまくつくられていました。

電源を入れるたび詳細モードボタンを棒で突っつくのがまんどくさいので3Dプリンターでてきとーに延長ボタンを作りました。ただ後に書きますがこの装置の用途として詳細モードは無意味。モード変更操作がしづらいことからもあんまり使わせたくないおまけ機能なのがわかります。

給油ノズルに挿して計測

Cocoa Systemsさんの投稿 2023年6月20日火曜日

OCTIS-2を給油時に使うとこんな感じ(音入り)。近所のエネオスの給油機は自動停止がシビアでゆっくり入れないと止まってしまい、表示は96が最高でした。なお記載が無い限り本ページ内の燃料はハイオクです。

未掲載のJAでも同様に頻繁な自動停止で最高96。

Cocoa Systemsさんの投稿 2023年6月21日水曜日

オクタン価が高いことで有名なV-Powerを求め遠方のシェルで給油したところ98が出ました(音入り)。燃料品質というより、この給油機の自動停止が甘めで流量を多くできたことが高い値につながったと思います。それでも給油レバー全開にはほど遠いです。

OCTIS-2を日本のセルフスタンドで使うのは難しそうですね。

詳細モードと、燃料添加剤追加で計測

Cocoa Systemsさんの投稿 2023年6月24日土曜日

OCTIS-2に付属のキャップをしてハイオクを入れ、詳細モードで計測。さらに(10年以上前の残りの)燃料添加剤NAPRO GX RACINGを目算で1割程度追加したところ、値が2上がりました。実車では最大0.1%添加で使うものらしくその場合は0.02。NAPROのオクタン価向上機能はほぼ無いということになりますが、この装置の正確性については別項に書いたので早合点しないでください。

ちなみにこのようにOCTIS-2自体を容器にする計測は、本体のどこからかガソリンが漏れて扱いづらいのでおすすめしません。

サーキット内ガソリンスタンドのハイオクを計測

ここからはいいあんばいのメスシリンダーに浸す方式にしました。準備した温度計と詳細モードの温度表示との差は2,3℃ありましたが、だからどうだと言う事でも無いので記事では触れません。

これまでに測ってきたいくつかのハイオクは実際どの程度なのか気になるところです。そこで、レース等でコントロールされたガソリンが一番信頼できるだろうと、某サーキット内シェルで購入してきました。97.0。

ほぼ同じ条件で計測した近所のエネオスは97.6。なんとこっちの方がわずかに大きいという結果でした。

レギュラーガソリンを計測

レギュラーガソリンはどうかというと92.9でした。JISではオクタン価89.0以上指定なので、96.0以上のハイオクよりだいぶ“余裕”をもった値のように見えます。

イソオクタンを計測

オクタン価100の基準になっているイソオクタンの試薬(2,2,4-トリメチルペンタン。純度99.0%以上)をモノタロウで準備しました。発送元はAXEL

当然100前後が表示されると思っていましたが、レギュラーガソリンよりもはるかに低い78.2。センサー汚れや測定ミスがないことは何度も確認しています。

エタノールを計測

オクタン価113のエタノールは測定不能でした。純度99.5%以上。

ハイオクでかなり薄めてみました。エタノール5ml+ハイオク75mlで110。

製品誤差はほぼ無し

もう1台購入したので計測比較。

これまでのもの
新しいもの

同じハイオクを測ったとき97.6と97.4で、製品誤差は小さいようです。

オクタン価と誘電率

オクタン価簡易測定器を、動作原理の誘電率から考えてみます。

“誘電率”とはイメージしやすく言えばコンデンサーの容量効率みたいなもので、物質によって値が異なります。大きいとコンデンサーにたくさんの電気を蓄えられますが今回これは関係ありません。そしてここから登場する“誘電率”は、決められた物質(真空)との比にすることで簡単に表す仕組みです。真空の誘電率 8.8541878128(13)×10−12 F/m を比誘電率で表せばただの1となります。

“Gasoline Sensor Based on Piezoelectric Lateral Electric Field Resonator”で検索すると見つかる論文(リンクはしません)によると、ロシア製ガソリンのオクタン価(Octane number)と比誘電率(Relative permittivity)には上の相関があるとのこと。ただロシアで販売される3種類のガソリン(オクタン価表示80,92,95)を調べているため3点しかなく、オクタン価は実測ではありません。

物質名比誘電率オクタン価
ハイオクガソリン2.3〜2.4 (※1)97.x (OCTIS-2表示)
イソオクタン1.94 (※2)100
エタノール25.3 (※3)113 (※4)

※1 上記論文ではロシア製ガソリンオクタン価95が比誘電率2.2
※2 https://www.city.himeji.lg.jp/bousai/cmsfiles/contents/0000004/4408/201549172852.pdf
※3 http://www.alcohol.jp/expert/bulist.html
※4 https://www.tdk.com/ja/tech-mag/knowledge/152

前項で計測した液体の比誘電率・オクタン価を上表にまとめました。比誘電率は温度で変化しますし、参照する資料によっても値が多少異なりますが、今回の雑な推測には影響しません。

まずオクタン価計測値78.2のイソオクタンを上のグラフで考えると、確かに実際の比誘電率1.94に近いところにポイントできそうです。

次に“エタノール5ml+ハイオク75ml”ですが、単純合成した比誘電率は3.8ぐらい。合成オクタン価は約98.5で、これをグラフで想像すると比誘電率2後半ぐらいになり、3.8とはだいぶ差ができます。オクタン価計測値の110ならなんとなく納得感が出ますね。

以上からOCTIS-2は先の理論・グラフを基礎にしているといえそうです。論文に無い温度補正は、ガソリンを温めたりしながらOCTIS-2のセンサーで誘電率の変化を見れば簡単に補正式が作れます。

あとガソリンといってもバイオガソリンやレース用ガソリンSUNOCO GT PLUSなんかは大量のエタノールが入ってるので、実際より高いオクタン価が出るか、または計測不能表示になるのは先の実験の通りでしょう。

SHATOX SX-150について

冒頭のウェブメディアで使用されていた簡易計測器“SHATOX SX-150”。為替の影響か現在価格要問合せとなっているある国内販売店では、以前は税込693,000円でした。うちでは購入していません。

公開されている英語説明書(リンクはしません)には、用途の1つが“ガソリンのオクタン価の決定”で、動作原理は“誘電透磁率と体積抵抗率の測定”に基づいており、“同じ銘柄の2つのサンプルでも、製造ロットが異なれば測定値が異なる場合がある”と書かれていました。“ガソリン、軽油、灯油以外の液体を計器検知器に充填することは禁止”とも。要するにこのSX-150と先のOCTIS-2は同じ測定原理で、ガソリンの誘電率からオクタン価を推定する装置です。

OCTIS-2と違うのは先のような“測定値が異なる場合”に補正を行う機能が搭載されているところですが、これはユーザーが手動でパラメーターを調整するという、予め正確なオクタン価がわかっていないとやりようがないニントモカントモな仕組みみたい。ちなみに校正は、イソオクタンを計測してオクタン価50の表示になるよう本体下部(のダイヤル?)をドライバーで調整するようです。OCTIS-2ではイソオクタンは78.2でしたが、実際の100よりめっちゃ低く出るのは同じ。50と78.2は差が大きいように思えますが、先のグラフのようにオクタン価が低いと誘電率の変化が少ないので、ほとんど使わない領域では使用するモデルによって値が大きくぶれることは不思議ではありません。

メーカーや販売店のウェブサイトにSX-150は“ASTM D 2699-86、ASTM D 2700-86に準拠”とありますが、これらは試験エンジンを使った計測についての国際規格なので、誘電率を用いる本機の仕組みには全くあてはまりません。宇宙レベルに拡大解釈すればオクタン価などの文言は“準拠”しているでしょうけど。同じように公称製品仕様にも信頼できそうなところはあんまり無いです。

簡易オクタン価計測器の結論

オクタン価100のイソオクタンが78とか50という時点でOCTIS-2もSX-150も“オクタン価計測器”ではないことがわかります。先に検証したとおり測定原理はどちらも同じ。

オクタン価が“推定”できるのはガソリン限定で、それっぽい値になるのはロシア製ガソリン成分構成のときだけ。日本のガソリンでは値はあてにならず、製油所や季節の違いで成分が変わると比較さえできません。SX-150では同銘柄ガソリンのロット違いにさえ言及しています。ウェブメディア記事のガソリンスタンドによって計測される値が異なることについては、実際のオクタン価はともかく、これは単にその構成炭化水素の成分(誘電率)が違っているいるからです。

まあOCTIS-2は給油機の自動停止を攻略できれば粗悪ガソリンを給油開始直後に見分けられる可能性もありますが、ノズルを連結するのはたぶん違法では無いとはいえ店員の目が気になるので、どちらにしてもかなり難しいでしょう。

これら簡易計測器は同一ガソリンでも計測条件で0.5ぐらい簡単に上下しますし、成分によっても変わる1や2の違いは誤差。そのため仮に表示が95だからといって粗悪ハイオクとは言い切れず、例えばそこにエタノールをほんの少し添加すれば計測値だけグンと“改善”できるので、まあそんな程度の意味しか無い値ということです。

つまりは、おもちゃ。

個人やショップが多大な手間やお金をかけ様々なガソリンの計測結果を公開することに対しては頭が下がりますし面白いですが、影響力があるウェブメディアや評論家が自ら何の検証もせず曲解記事にしたことは間違っています。猛省を促します。